「辞めます」
たった一言で、売上も店の空気も変わる。
しかも売上を持っている人ほど、突然いなくなる。残ったスタッフに負担がかかり、空気が悪くなり、また一人辞める。
この連鎖、経験したことがあるオーナーは多いはずです。
ただ、先に一つだけ伝えておきます。
スタッフが辞めるのは、あなたの人柄のせいではありません。サロンに「仕組み」がないだけです。
この記事では、500サロン以上の現場を見てきた視点から、スタッフが辞める理由と、今日からできる対策をまとめます。
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監修者

西脇 敬久
MBA、公認会計士、税理士の資格を有し、美容業界に特化した公認会計士・税理士として多数の美容室を支援。
決算書や試算表を専門家だけのものにせず、経営者が経営判断に使える形へと整理することを強みとしている。
美容室経営において本当に見るべき数字を明確にし、「誰でもわかる会計の見える化」を通じて、利益構造やコストバランスをシンプルに把握できる財務設計を行う。美容室向けの会計セミナー講師としても活動中。
美容業界に特化した会計・労務の専門チーム。
500サロン以上の支援経験をもとに、数字・人・将来の判断を“感覚”ではなく“軸”でできる経営を支えています。税金や節税だけで終わらせず、
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美容室の離職率は?──数字で見る業界のリアル

美容師の離職率はかなり高い。1年目で約50%、3年目で約80%が辞めるというデータがあります。
美容室の倒産も2025年1〜8月で157件と過去最多ペース(帝国データバンク)。
ただし、潰れているのは5〜10店舗クラスの中堅サロンが中心で、小規模サロンはほとんど潰れていません。
じゃあ安心かというと、そうでもない。
潰れてはいないけど、豊かになれていない。
人が辞め、採用もうまくいかず、オーナーが現場に立ち続けるしかない。これが多くのサロンのリアルです。
美容室は「人=売上」のビジネス。
100万円売り上げるスタイリストが辞めれば、その100万円がほぼ丸ごと消えます。スタッフが辞める問題は、人事の話ではなく経営の話です。
美容室スタッフが辞める理由8選
まず、スタッフが「辞めたい」と感じる代表的な理由を整理します。
あなたのサロンに当てはまるものがないか、チェックしながら読んでみてください。
① 労働時間が長すぎる
美容師の半数以上が、1日10時間以上働いているというデータがあります。朝8時半に出勤して、営業が終わるのが22時。
そこからレッスンで帰宅は日付が変わる頃──。こんな働き方が当たり前になっているサロンも珍しくありません。
アシスタント期間中は通常の営業に加えて練習時間が必要になるので、拘束時間はさらに長くなりがちです。
収入に対して「割に合わない」と感じた時点で、スタッフの気持ちは離れ始めます。
② 給料が安い・上がらない
美容師の平均年収は、他の職業と比べても低い水準です。特にアシスタント期間中は手取りが18万円前後というケースも多く、一人暮らしだと生活するだけで精一杯。
さらに問題なのは、昇給の基準が曖昧なサロンが多いこと。
頑張っても給料がどう上がるのかわからない状態では、モチベーションが続きません。
③ 人間関係がうまくいかない
少人数で毎日顔を合わせる美容室では、誰か一人との関係が悪くなるだけで、かなりのストレスになります。
調査でも、美容師の転職理由で最も多いのが人間関係です。
オーナーや先輩との相性、スタッフ同士の空気、新規客の取り合いによるギスギス──。
技術がどれだけ好きでも、人間関係のストレスには勝てません。
④ 休みが取れない
美容師の年間休日は約90日。一般企業の平均120日を大きく下回っています。
年中無休のサロンも多く、有給休暇を取りづらい空気がある職場も少なくない。
まとまった休みが取れないと心身が回復せず、「辞めたい」という気持ちが加速します。
⑤ 教育・研修制度が整っていない
アシスタントからスタイリストになるまで、一般的に3年。人によっては5年以上かかることもあります。
この期間に教育カリキュラムが整っていないと、スタッフは「自分は成長できているのか」が見えなくなる。
6割以上のアシスタントが「スタイリストになれるか不安だった」と答えているデータもあります。
技術を磨ける環境がないサロンでは、モチベーションが続きません。
⑥ 社会保険に入っていない
個人経営のサロンでは、社会保険の加入が義務でないケースもあります。
その場合、健康保険料はスタッフの全額自己負担。手取りが少ないアシスタントにとっては大きな痛手です。
産休・育休の制度がないサロンも多く、長く働き続けたくても「制度的に無理」という状態になっていることがあります。
⑦ 評価があいまいで不公平に感じる
「なんとなく昇給」「なんとなく役職」。
こうしたあいまいな評価は、必ず不満を生みます。
自分より後に入った人が先に昇給した。頑張っているのに認めてもらえない。
こうした「不公平感」は、人間関係の悪化にもつながり、離職の引き金になります。
⑧ 将来が見えない
「この仕事を続けて、10年後はどうなるんだろう」
キャリアアップの道筋がないサロン、オーナー以外に上がり先がないサロンでは、スタッフは将来に希望を持てません。
特に異業種の同世代と収入を比べたとき「このまま続けていていいのか」という不安が膨らみます。
実は、若手と幹部では「辞める本当の理由」がまるで違う
ここまでは、よく言われる「辞める理由」です。
ただ、500サロン以上を見てきた中で、もう一つ大事なことがわかっています。
若手と幹部では、辞める理由の構造がまったく違う。
ここを区別しないと、対策がズレます。
若手(アシスタント・ジュニアスタイリスト)の美容室を辞める本音

入社3年目までのスタッフが辞める理由は、先に挙げた8つがほぼそのまま当てはまります。
美容師・美容室オーナーへのアンケート(airchair調べ)でも、人間関係が66%、仕事内容への不満が30%。
これはほぼ本音。言葉のまま受け取って大丈夫です。
教育体制の見直しや勤務時間の改善が有効です。
幹部(トップスタイリスト・店長)の美容室を辞める本音

問題はここから。
月100万円以上売り上げる幹部が「独立します」「地元に帰ります」と言うとき、それは建前であることが多い。
本音はこうです。
美容師・美容室オーナーへのアンケート(airchair調べ)では、幹部が辞める理由の58%は「お金の不安・将来への不安」。
次いで「評価に納得できない」が33%。
「独立したい」と聞くとどうしようもないと感じるかもしれません。
でも実際は、もっと漠然とした不安が引き金になっています。
このまま20年やれるのか。老後は大丈夫か。同い年の異業種の友達と比べて、自分は報われているのか。
給料が低いという具体的な不満より、「先が見えない」という不安。これが幹部の離職を起こしています。
100万円スタイリストの在籍年数は8年→4年に
以前は、月100万円を超えるスタイリストがサロンに残る平均年数は約8年でした。
今は約4年。半分です。
業務委託やシェアサロンなど選択肢が増えて、「我慢して残る理由」がなくなった。
気合いや人間力だけでは引き留められない時代です。
スタッフが辞めない美容室がやっている「3つの仕組み」
じゃあ、どうすればスタッフは残るのか。
答えはシンプルです。気持ちではなく、仕組みで守る。
人が残るサロンには、この3つが揃っています。逆に、1つでも欠けていると人は辞めます。
仕組み① ルール──就業規則は「うちのサロンのルールブック」
就業規則というと堅苦しく聞こえるかもしれません。
ざっくり言えば、サロンのルールを明文化したものです。
遅刻したらどうなるか。有給はどう取るか。
給料はどう決まるか。昇給の基準は何か。
これが書かれていないと、全部オーナーの「その場判断」になります。
ある人には遅刻を許し、別の人には注意する。こうした対応の差が積み重なると、「あの人だけズルい」という不満が生まれ、空気が壊れます。
特に若いスタッフほど、「ルールが明確=安心できる職場」と感じる傾向があります。
就業規則はスタッフを縛るためのものではなく、オーナーとスタッフの両方を守る盾です。
ちなみに、就業規則がないまま労務トラブルが起きると、サロンの規模に関係なく1件で年間利益が吹き飛ぶこともあります。「うちは大丈夫」が通用しないのが労務の世界です。
仕組み② 評価──「なんとなく昇給」をやめる
美容室で一番揉めるのは評価の話です。
なんとなく昇給、なんとなく役職、なんとなくの目標。
スタッフからすれば、「自分が今どこにいて、何をすれば上に行けるのか」がわからない。それは不安でしかない。
評価は叱るための道具じゃなく、安心して働くための地図です。
売上の数字だけでなく、後輩指導や接客態度など、数字に表れない貢献も「見える化」する。
「あなたは今ここにいるよ」と示すだけで、気持ちは安定します。
スタッフによって、やる気の源は違います。成長したい人、安定を求める人、独立を考えている人。
一人ひとりに何を渡せば「続けたい」と思えるのかを把握する仕組みが必要です。
仕組み③ お金──将来の不安をなくす
幹部が辞める理由の58%が「お金の不安」でした。
給料の不満もありますが、本質は「この先どうなるのかが見えない」こと。社会保険、退職金、60歳になったとき──。
お金の仕組みが整っているサロン=辞めにくいサロン。 どれだけ雰囲気が良くても、お金の先が見えなければ人は辞めます。
全部を一度にやる必要はありません。ただ、「ここにいれば将来も大丈夫」とスタッフが思える状態を一つずつつくっていくこと。これが定着率を根本から変えます。
対策にお金をかける前に、自分のサロンの数字を知る
「給料を上げたい」「福利厚生を良くしたい」──その気持ちは正しい。
でも、サロンのお金の流れを知らないまま人件費を増やすと、利益がなくなります。
美容室の経費には「4大コスト」があります。人件費・家賃光熱費・材料費・広告費。
この4つを足して、売上の80%以内なら合格。
たとえば月の売上が200万円なら、4大コストの合計が160万円以内。
残りの40万円(20%)が「余白」です。
この余白から税金を払い、返済をし、次の投資をし、オーナーの取り分を確保する。余白がないと、経営は回りません。
大事なのは「削る」じゃなく「配分を考える」
人件費を増やしたいなら、まず自分のサロンがどのタイプかを知ることが先です。
| サロンタイプ | 人件費 | 材料費 | 家賃光熱費 | 広告費 |
|---|---|---|---|---|
| 人材特化型 | 52% | 7% | 10% | 11% |
| 技術特化型 | 35% | 22% | 15% | 8% |
| ブランディング特化型 | 40% | 12% | 25% | 3% |
| マーケティング特化型 | 45% | 11% | 5% | 19% |
※どのタイプも合計は80%。売上200万円の場合。
人材特化型なら人件費に52%使える代わりに、広告や材料は抑える。技術特化型なら材料費にかける代わりに人件費は35%に。
全部にお金をかけたいサロンは、全部が中途半端になります。
自分のサロンの強みに合わせてお金の使い方を設計すること。
それが待遇改善と利益確保を両立する方法です。
今日から始められる3つのこと
全部を一度にやらなくて大丈夫。まずはこの3つだけ。
① 幹部スタッフと「お金の話」をする
幹部が辞める理由の58%はお金の不安。
面談で「将来のお金のことで、不安に思っていることある?」と聞く。それだけで十分です。
② 4大コストを計算する
売上に対して、人件費・家賃光熱費・材料費・広告費がそれぞれ何%か。
合計が80%以内か。
通帳と請求書を集めて足すだけ。30分でできます。
③ 就業規則があるか確認する
ない場合は、つくることが最優先。
10人以上は法律で義務ですが、10人未満でもつくっておくべきです。
「うちは家族だから」と後回しにしているサロンほど、トラブル時に丸腰になります。
よくある質問
Q. スタッフが辞めるとき、引き留めるべき?
引き留めること自体は悪くありません。ただ、原因が残ったままだと長続きしません。大事なのは「辞めたい」と言われる前に、不安を拾える仕組み(定期面談、評価の見える化)をつくることです。
Q. 給料を上げれば辞めなくなる?
一時的な効果はあります。でもお金の流れを知らないまま人件費だけ上げると利益がなくなる。まず4大コストの合計が80%を超えていないか確認して、自サロンの型に合った配分で給与を決めるのが正しい順番です。
Q. 小さいサロンでも就業規則は必要?
法律上の義務は10人以上ですが、5人以下でもつくった方がいい。小さいサロンほど一人の影響が大きく、ルールがないと不公平感が生まれやすい。トラブル時にオーナー側が不利になる場面も多いです。
Q. 辞めるスタッフが指名客を持っていくのを防ぐには?
完全には防げませんが、「一人のスタッフに売上が偏りすぎない仕組み」(次回予約の設計、複数担当制など)を整えておくとリスクが減ります。退職時のルールを雇用契約書に書いておくのも有効です。
Q. 最低賃金がどんどん上がるけど、どうすればいい?
2030年には最低賃金1,500円が目標。初任給26〜30万円が当たり前になる可能性があります。まずは自サロンの4大コストを把握し、「何で勝つサロンなのか」を決めることが第一歩です。
まとめ
美容室のスタッフが辞める問題は、オーナーの人柄や努力の問題ではありません。
長時間労働、低い給料、休みの少なさ、人間関係、将来の不安──。
理由はさまざまですが、若手は人間関係で辞め、幹部はお金の不安で辞める。そしてそれを防ぐのは、気持ちではなく仕組みです。
ルールを整え、評価を見える化し、お金の将来設計を共有する。
この3つが揃えば、スタッフは安心して続けられるし、オーナー自身も日々の小さなトラブルから解放されます。
もしこの記事に心当たりがあるなら、まずは数字の整理から。
4大コストを計算する。就業規則を確認する。やることはシンプルです。知っているかどうかの差だけ。
もし「うちの場合、何から手をつければいいんだろう」と迷うなら、一度、サロンの数字を一緒に見ながら話してみるのも手です。
でも逆に言えば、ここを整えれば利益は残りますので、ぜひ参考にしてください。


